反省させると犯罪者になります
「反省させると犯罪者になります」
という本を読んだ。
なんという過激なタイトルだろう。
著者は、長年刑務所での受刑者のカウンセリングの経験から、こういう結論にいたりました。
私はタイトルにひかれて読み出したのですが、私が今まで「良し」としてきた「しつけ」や「教育」というものの考え方が、根底から変わるほどの衝撃を受けました。
とはいえ、この主張はとても納得できるものがありました。
では、なぜ反省させることがいけないのか?
私たち自分自身の経験を振り返れば分かるでしょう。
運転中に他の車にぶつけた経験がありますか?
面倒なことになった。
急いでるのに。
相手が優しそうな人でよかった
など、ぶつけたことじたいに反省はしてないでしょう。
子供のころ、いたずらやケンカをして、親や先生に怒られて、
「すみません」
「もう2度としません」
って言わされて、本当に反省してましたか?
部活の試合で負けた時、
会社でノルマ未達成、規則違反したとき
を思い出してください。
反省文をかかされて、本当に反省しましたか?
逆に、監督や上司に対する負の感情が高まっただけでしょう。
このように、反省させること、反省文を書かすなんて儀式には全く意味がなく、意味が無いだけならまだしも、問題の解決にはならず、負の感情を蓄積させるに過ぎないのです。
さらに、「反省→謝罪→許される」ということを繰り返すと、悪いことをしても謝ればすむと思ってしまい、逆効果なのです。
美しい反省文が書けるという効果はありますが。。。
著者は反省文は「百害あって一利なし」ときっぱり言います。
先生や上司の自己満足にすぎないのです。
怒鳴り散らして、何枚もの反省文を強要することに何の意味があるのでしょうか?
先生や上司の職務怠慢といえます。
聞き役に徹し、問題行動を起こした人間の抑圧された感情を理解し解放してあげることが、真の解決に向かうのです。
問題の背景をいっしょに考えるという姿勢が重要なのです。
この著者の意見には賛否両論でしょう。
同意できない人は、
「甘えてる」
「オレが若い頃は。。。」
「戦時中は。。。」
とかいうことでしょう。
しかし、もう1回考えてみてください。
なぜ問題行動を起こしたのかというところに向き合わずに、安易に反省させ、謝罪させるだけということは、怒る方の自己満足なだけであって、相手の抑圧された感情はくすぶったままです。
そういったことを繰り返すと、抑圧した感情が積もり積もって、いつか爆発し、最悪のケース、犯罪者になってしまう危険性をはらんでいるのです。
タイトルは過激ですが、読んでなるほどの本。
私には子供がいないので、しつけ、教育のことは実感が持てませんが、部下と上司の関係、仕事にも同じようなこと言えると思います。
この21世紀にもなって、「反省文を書かす」という意味不明なことをさせることがまだ絶滅していないところが、太平洋戦争のころから染み付いた根性至上主義の体質が変わるのは容易ではないことなんでしょうね。
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