肩肘はらずにユルく生きてもいいじゃん 〜映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』を観て
どんなに趣味がない人間といえども、好きな曲の1曲は必ずあると思う。
好きな曲を何気なく口ずさむ。~♪
でも、その曲が世間に流通するまでには、数多くの失敗作、夢破れた者が死屍累々のごとくいる。
私たちが、テレビやニュースで見たり聴いたりする歌手、俳優、アスリートたち。
夢が叶わない人間がたくさんいる世界だからこそ、生き残るものは私たちに生きる希望、感動を与えてくれる。
底辺が広ければ広いほど、頂点は高くなり、その頂点の技術、カリスマ性はとんでもないものになる。
フォークミュージック、いやアメリカのポピュラー音楽の生きる伝説である
ボブ・ディラン
そんな彼の存在の裏にも、おびただしい数の名もなき人間がいた。
そんな映画を観た。
ここに描かれるのは、マンガ「BECK」のように夢に向かって走るような嘘っぽい格好良さはまったくない。
売れないフォークシンガーのさえない日常をダラダラとたんたんと描いていくだけだ。
彼のことを「負け犬」という人もいるが、そんなヒドい言葉を言いながらも、みな眼差しは暖かい。
金がなく、家がなくても、ミュージシャン仲間、知り合ったばかりの人、音楽つながりで知り合った大学教授などの家を転々としていく様には、意図してる訳ではないが、60年代のニューヨークという街の芸術に対する理想的なセーフティネットの姿があるように見えた。
経済がどんなに発展しようが、芸術的でない街には魅力がない。
芸術に寛容な街は、魅力的だ。
ニューヨーク、パリ、ウィーン、ロンドンがいまだに世界中の人たちから憧れる存在なのは、そういうことなんだろう。
僕が映画が大好きな理由の1つは、主人公になりきることができること。
違う人間の人生の疑似体験ができること。
この映画では、貧乏でもいいから、好きなことをして生きてみたいという願望を疑似体験できる。
こんなにダラダラ、ユルく生きてみたい。
人間は好きなことをして生きたとしても、多分なんとかなるのではないかって楽観的になれる。
この映画で何度か出てきて印象に残った英単語が、
「EXIST」(存在)
って言葉。
僕たちの人生は、ただそこに存在してるだけ。
ただ、生存してるだけ。
食べて糞をだすだけの糞袋にすぎない。
で、それの何が悪い?
せっかくの限りある人生に意味を持たそう、何か成さねば、という考え方はとても崇高だけど、とても苦しい。
誰もが坂本竜馬、スティーブ・ジョブズになれるわけがない。
彼らを目指せば目指すほど、自分の人生が価値の無いものに思えて、惨めになる。
そんなに、かたくなに生きなくても、ユルく生きてもいいじゃないか。
毎日がたとえ同じことの繰り返しの無限ループだとしても、
気がつかないかもしれないけど、少しずつ何かが変わってる。
気がつかないかもしれないけど、何か大きなことに影響を与えているかもしれない。
そういうことが言いたかったのかどうか分からないけど、
ラスト数分間の斬新な演出に唸った。
魚はたくさんの卵を産むが、ほとんどは直ぐに死ぬ。
たくさんの犠牲がいるから、生存した者は強く生き残る。
たくさんの名も無きフォークシンガーがいたからこそ、
ボブ・ディランは、ボブ・ディランでありえた。
それは音楽の世界だけの話じゃない。
この世界全てのものに適用される多様性の話。
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